駄談2011

ドイツ在住のアーティストが雑談で築くネットワーク

杉浦康平さん-1

日時:2010年11月25日

場所:渋谷、杉浦康平事務所プラスアイズにて

聞き手:三村竜太郎(miu)

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杉浦:(スタッフの方にボイスレコーダーを渡して)これ、(音)入ってるかチェックして。

miu:うれしいな。あのね、実はね、秘密で録ろうと思ってたんですけど

杉浦:いや、いいよ。

miu:これでおあいこということで。

杉浦:そうです。はっはっは。

miu:そうなんですよ、おいらてっきり、杉浦さんの経歴をぱっと見て…。その、(杉浦さんの)名前を知ったのはウルムで、HFG(ウルム造形大学)のことをやたら人から聞くので、それで調べてみたら、日本人を見つけたってことだったんですけど。で、おいらの中で、中野の図書館で杉浦さんの本をみるまでは(ウルムは)単なる通過点だと思ってたんです。杉浦さんは偶然ウルムにいて、そして、他のところに移った。ところが、疾風迅雷という本のインタビュー、松岡(正剛)さんとの対談を読んだら、しょっちゅう、「ウルム以前」と「ウルム以後」って言葉が出てくるんですよね。

杉浦:うん。

miu:で、そこで何があったのかっていう。

杉浦:何があったかって、別に殺人事件とかそんなものがあったわけじゃないですよ。

miu:これ、取調べじゃないですよ。

杉浦:まあ、そういうメンタルな、切り替えっていうかね。まあ、だから。メンタルだけじゃないね。文化論的なスイッチオフっていうかね。まあ、そういったものがあった。

miu:スイッチオフっていうことは…。

杉浦:まあ、何かをオフにして、何かをオンにしたわけです。

miu:何がオンになったんですか?

杉浦:まあ、なんだろうねえ。まあ、やっぱり、僕はよくウルムの事を聞かれるときに答える答え方は、日本人であることに目覚めたっていう。または東洋人であることに目覚めたっていう。

miu:それまでは、日本人である、東洋人であるという感覚ってどれぐらい、どれぐらい「弱かった」んですか?

杉浦:弱いというか、一人の人間だという風に思ってたわけ。

miu:あ、なるほどね。

杉浦:まあ、それでまた、ウルムっていうのは、あなたがどの程度、ウルムの大学のこと、知っているかわからないんだけども。

miu:ええ。

杉浦:一種のユニバーサル・デザインというか。いまのユニバーサル・デザインじゃないよ。いまのユニバーサル・デザインは弱者救済のデザイン。老人だとか、身障者とかね。そうじゃなくて、むしろ、積極的に世界を、ひとつと見るっていうかね。人間文化をひとつと見る、そういう統合的な文化を創っていく。あるいはその、共通理念を、共通のデザイン理念を創造していく、そういう目的で皆集まっていた。大学自身がそうだった。

miu:なるほど。大学自身がそうで、そこに集まっている人はその理念に、ある種共鳴して…。

杉浦:そうだね、まあそういうことだね。まあそれはウルム(造形大学)がどのようにできあがったのか、というのを調べてもらえばわかるんだけれども。「白薔薇は散らず」という本に、その経緯は書いてある。その本はInge Aicher-Schollという人が書いた本で、ショル一家というのは、大金持ちでね。ミュンヘンにもScholl Strasse(ショル通り)という通りがあるんだね。その通りの名前になるぐらい、富豪というか、人たちだったわけなんだけど。その本を書いた人が、まだその、戦争中にね、自分の兄弟が何人かいて、そのうちのお兄さんと、妹だったかな、その兄弟のうちの二人がナチに射殺されるわけ。それは反ナチ運動を、ミュンヘンの大学に勇敢な先生がいて、その先生に従って反ナチ運動をしたということでもう、ほとんどドイツ降伏の幾日か前に射殺されるんだ。その人たちの追悼と、それから何故自分たちの兄弟のような若い人たちがね、そういう間違った社会において命を失わなきゃならないかっていうことを考えて、で、世界中の有能な人たちを身内の事件というのを単なる事故、または事件として葬り去らずに、むしろもっと前向きに、世界の人たちに新しい眼を開いてもらう、まあそういう場を作ろうっていうんで、そのウルムの大学を始めたと。

miu:その、ある種、二人を失ったことによって、何か生むことにつなげたいということだったんでしょうか?

杉浦:そうそう。何かというよりもはっきりしたものがあって、要するに、新しい、平和で理想的な社会に向かう若者たちを育てる場を作ろうという。

miu:なるほど。

杉浦:まあ、そういうことだね。それで大学を作ったわけ。だから設立のときからそういう趣旨が徹底していて。だからその学校は一応二ヶ国語以上喋れる者じゃないと入れない。ドイツ語だけじゃ駄目だ。

miu:ええ。

杉浦:で、先生も、ドイツ人の先生だけではなくて、まあ国際的な人脈を組織して、これまでになかった広い視野を持って世界平和を築こうというような人たちを育てていこうっていう、そういう理念で始めた。

miu:杉浦さんは、二ヶ国語というと、その当時何語を?

杉浦:はっはっは。まあ、日本語と、英語だね。

miu:ああ、それで二ヶ国語か。ドイツ語と英語でもいいのか。

杉浦:ドイツ語と英語でもいいんだけども、まあドイツ語ほとんどやってないからね。まあ英語で。それも僕は東京芸大だから、東京芸大の英語なんて貧しいもので、教えながら憶える、ぐらいの。

miu:(笑)わかります。

杉浦:で、英語で授業をやって…

miu:授業は英語で?

杉浦:もちろんです、日本語でしゃべったって誰もわからない。まあもちろん、ヴィジュアル・コミュニケーション、「Visual Kommunikation」という学科だから、眼で見て学ぶ、眼で見ることで情報を伝達するというのがテーマの学科だから、だから何かを見せれば、皆が理解するっていう、理念においてはさ、別に言葉は喋んないでもいいっていう、まあ、そういうことなんだけど、まあ現実の問題としては、言葉できちんと内容を伝えないと、

miu:そうですね。

杉浦:まあ、駄目なわけ。

miu:二つ質問があるんですけど。

杉浦:うん。

miu:まずはウルムのHFGについて、もう既に日本でご存知だったのか。

杉浦:ああ、もちろんその当時、有名。有名な大学。

miu:あ、じゃあここに行きたい、と思って選択した。

杉浦:いやいや、僕は行ったんじゃなくて、呼ばれた。

miu:それはどういう経緯ですか?

杉浦:それはね(笑)そういうの、ずっとやってくと時間なくなっちゃうよ。

miu:ええ、一時間じゃ足りないですよ。

杉浦:あのー、1960年に世界デザイン会議っていうのが日本であったわけ。

miu:あ、なるほどね。

杉浦:当時、日本のデザイン界をリードしていたのは、建築家で、丹下健三というね、人がいて、丹下さんを中心とする、まあ丹下さんと、財界人が肝いりで、これからの日本を作っていくためには、新しいデザインの仕方というのを隆盛させなきゃならない。それで、建築だけじゃなくてグラフィックデザインとかファッションだとか、ありとあらゆる造形に関心を持つ人たちを統合したね、会議をやる。で、それも世界に呼びかけて、日本の場合はなんていってもアメリカ中心だけれどもそのヨーロッパの名だたる人たちも呼んで、ディスカッションしようじゃないかというのがあって。まあ、そういうような世界デザイン会議とみたいなものはアメリカのアスペンというのが有名でね。

miu:ふむ。

杉浦:ひとつのモデルがもう、ひとつあるから。それにのっとった形であったわけなんだけれどもそのときにもちろん、ドイツの人たち、スイスの人たちがまあ、やってくるわけだね。その60年代のデザイン、日本のデザインの状況っていうのは、まあアメリカのデザインっていうのが片一方にあると、もう片一方にはヨーロッパのデザインというのがあってアジアのデザインなんていうのはナッシングだったわけ。

miu:当時は。

杉浦:うん。まあ、アジアにもデザインあるんだけど、ようするに近代のモダニズムの解釈では、西洋文明化したところにこそ、ところにしか、デザインがないと思っていたわけだからね。で、その、アメリカのデザインに対するヨーロッパのデザインというのがあって、そのヨーロッパデザインの先端を切っていた人たちが、そのウルム造形大学の人たちだった。

miu:なるほどねー。

杉浦:そのひとたちが来て、その会議のときに僕もいろんな格好で会議に参加していたもんだから…

miu:はい(笑)

杉浦:まあ、僕の存在を見つけて、それでまあ、その3年後にウルムに来て教えないかと。

miu:63,4年?

杉浦:63年に招待状が来て、64年に行ったんだね。そういう経緯なんだよ。

miu:もういっこは、最初その、えーと、「ヴィジュアル・コミュニケーション」、眼によるコミュニケーションということをおっしゃいましたよね。

杉浦:うん。

miu:その当時から、もうすでに「眼」というものにすごく強い意識があったんですか?

杉浦:そうだね。うん、そう。まあ当然だね。要するに、東京芸大っていうのは、昔は美校っていって、要するに、美術中心の芸術大学だけれども、すぐ隣には音校といって、音楽中心の芸術大学があって、こっちが耳だとすれば、美術中心の芸大は眼なわけなんですよ。

miu:はー、なるほど。

杉浦:だから眼と耳っていう、人間にとってのいちばん基本的な、五感の中の感度の鋭い感覚系が、上野の森で隣り合わせに芸術の勉強してたっていうことがあるわけだから、当然のことながら、耳とか眼とかには、関心が集まるわけだろう?

miu:そうですね。

杉浦:それで人間にとって見るっていうことがどれだけ重要なことかってことは、子供のうちからずっと、やっぱりみんな、実際に体験しているわけだし、それから、ちょうどまあ、その頃に、芸術というジャンルだけじゃなくてね、科学の領域でもものを見るということはいったい、どういう生理学的なメカニズムで、ものを見ることになるのかっていう。まあ、戦後の復興の中で身体研究、身体の機能研究が盛んになって、それで視知覚、視覚の視にね、知覚と書く、そういう視知覚に関する、いろんな新しい理論だとか、結果だとかというのが、科学雑誌などを見るとよく載ってるわけ。

miu:それは当時…

杉浦:当時60年代。で、僕はそういう理科系なことも好きだったわけだから。数学だとか物理だとか。そういうのは当時、一般向きのハイレベルの科学雑誌があったんだね。「自然」という科学雑誌。そういうのとか、「科学朝日」、朝日新聞社が出していた科学雑誌も、なかなか内容の充実した雑誌で、そういうような雑誌がいろいろ、やっぱり眼のこと耳のこと、つまり新しい五感論っていうのをしょっちゅうやってた。

miu:ただ、今、五感とおっしゃいましたけど、すごく眼と耳にフォーカスがある。例えば、音楽と視覚、というものがやはり表現においてはメインとされることが多いですよね?

杉浦:そうだね。それが特にね、60年代にその二つの結びつきが、そういうことに関心がある人にとっては、注目の的だったということはね、一つはね、ヨーロッパやアメリカの現代音楽がね、それまでの五線で表記していた音楽の記譜法というのを、要するに新しい音表現というのを模索していくと、どうしても12音、ドレミファソラシドの決まった音階の音だけでは済まない。

miu:うん、足りないというか。

杉浦:微分音というのもあるし、それからもっと自由な、ジャズの人たちがやるような即興演奏のように、五線符からはみ出すようなね、音域を使ったり、演奏法を使ったりする。あげくの果てには、いろんな種類の楽器が、例えばアフリカで使われている民族楽器とか、それからアジアの楽器とか、視野も世界に広がる訳だから、音楽家自身もずいぶんいろんなところに行っては、新しい音素材や新しい楽器というのを、見つけてくるわけ。

miu:なるほどね。

杉浦:そうすると、そういうのの演奏法というのはいうのは、それまでの楽譜では済まない。

miu:捉えきれない。

杉浦:捉えきれないだろう?そういうのをビジュアルに、要するに五線符によらない表記を基本にした音楽というね。即興演奏も交えた音楽というのが、ちょうど60年代、50年代から60年代にかけて隆盛するわけ。それはグラフィックスコアという…。

miu:図形楽譜ですね。

杉浦:僕も60年代には武満徹君と組んで、ずいぶん図形楽譜を作ったりしたわけ。

miu:あ、そうなんですか。それを今聞こうと思ってたんですけど。

杉浦:だからちょうど草月アートセンターというのがあって、草月流の勅使河原蒼風と勅使河原蒼風の息子が、ただ単なる生け花ではなくてね、それをもっと拡張した、前衛的な生け花をやっていて、そこに結構いろんな芸術家たちが集まってきたりして、で、それを中心にして、美術や演劇や音楽や映画や、まあいろんな芸術をセンタライズするような運動をしようっていうんで、60年代、草月アートセンターの運動っていうのは、ひとつの日本の前衛運動のピークになるわけ。で、僕はそのポスターを作ったり、その公演にも参加したということをしていたから。それから作曲家の友達がたくさんいたりしてね。まあ要するに、ごく自然に眼で見る表現と、耳で聞く音の表現というものが、ごく自然に混ざり合った状態で目の前にある訳だね。そういう時代を経験している訳。だから僕が例えばいつも、耳と眼というのは、頭の中でもほとんど同じようなレベルで、分ちがたく結びついている。

miu:はー。どんどんウルムの話からずれてきてますね。(笑)

杉浦:(笑)

miu:海外経験はそれまでおありでしたか?

杉浦:その頃はね、海外経験って簡単に言うけどね。

miu:船?

杉浦:船ではない、飛行機はあるけどね。要するに渡航、ヨーロッパやアメリカに行くっていうのは、結構手続きが大変で、ぱっと今みたいに切符買って、思い立って明日出るなんて、そんなことはできない。まあ何週間か一ヶ月前ぐらいから予約したりする。いろんなところで許可証もらって、まあビザってのをもらわなきゃならないでしょう?だからそういう行き来も大変な頃だから。

miu:ええ。

(続く)

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